先にも書いたように『アバウト・ア・ボーイ』ではバッドリー・ドローン・ボーイ、『ハイ・フィデリティ』ではジョン・キューザック自身も映画内に使用する音楽の選曲に絡んでいるのだが(それ程マニアックということね)、この『ぼくのプレミアライフ』にはニック・ホーンビィ自身が選曲にも絡んでいる。『ハイ・フィデリティ』では舞台がロンドンからシカゴに移されたため、多少、アメリカよりの選曲になった部分もあるのだが、この『ぼくのプレミアライフ』はイギリス的な選曲に彩られている。ホーンビィ自身が選曲について語っている部分を読むとその思い入れが一層伝わってくる。ちょっと書き抜いてみよう。
“音楽は僕にとっても重大なものだった。この作品の脚本の前に、実はサウンドトラックのテープがあったんだ。僕は監督のデヴィッドに片面は1968年から1972年、もう片面は1988年から1989年にかけての曲を収めたコンピレーションテープを作って、渡していたんだ。その中でも、ザ・フーの「Baba
O'Riley」とリサ・スタンスフィールドの「All Around The World」は完成した映画の中で鍵になる曲だと考えていたし、いくつもの曲がカー・ラジオやパブのジュークボックスから流れていたよ。最終的にはプロデューサーのアマンダと監督のデヴィッドと僕との綿密なリサーチとディスカッションを重ねた末にセレクトしたんだ。アマンダの車の中でバーズやティム・ハーディンなんかの音楽を聴いているときなんか、あの夏の思い出がよみがえってくるようだったね。”
いい話だと思いません。僕なんかはホーンビィが車の中で、きっとチープなカーステレオで、自分たちにとっての思い出の曲をひっかえとっかえしながら聞いている様子を想像しただけで、嬉しくなっちゃうんだけどね。この気持ち分かると思うんだけど。
で、『ぼくのプレミアライフ』が実は熱狂的なアーセナル馬鹿の駄目男の物語でありながらも、その背景のひとつとして、音楽が重要な役割をしているのは分かってもらえるんじゃないかと思う。『ハイ・フィデリティ』ではジョン・キューザックも自分の音楽の趣味をマニアックに押し出してきているから、コリン・ファースもきっと自分の趣味を押し出しているんじゃないかなと思ったりもするのだが、コリン・ファースはあまりにもマニアックな、ま、ちょっと変わった音楽の趣味を持っていたのだという。要するにホーンビィなんかとは共有できないようなダサいポップ・ミュージックのマニアだったということ。もちろん、彼の意見は流されたみたいだけどね。
カーステレオで思い出を共有しながら、何度となくディスカッションを重ね、まな板の上に選び出された曲だが全てが使用されることはなかった。いや、使用できなかったといった方がいいだろう。例えば、ニール・ヤングの名曲「Only
Love Can Break Your heart」は権利の関係で駄目。そういう結果もあれば、これも駄目だと思っていたプリテンダーズの曲はリーダーのクリッシー・ハインドがホーンビィの書いた「ハイ・フィデリティ」の大ファンであったことから、話がうまくまとまったという。しかも最終的には既存の曲ではなく、この映画のために「Going
Back」(ゴフィン&キングの名曲のカバー)を歌ってもらうというおまけまでつけてしまった(ホーンビィはそんな有名人が自分の本を読んでいるんだから、作家家業はたまらないと言っている)。ちなみに元ロック・ジャーナリストでもあるクリッシー・ハインドはこの作品のラフを観て、感動したという。
●単なる曲の寄せ集めではない『ぼくのプレミアライフ』のサウンドトラック
サウンドトラックは曲と曲の間に映画の中のモノローグを挿入しながら、すごくいい感じで進行していく。単なる曲の寄せ集めではなく、ひとつのアルバムとしてきちんと成立している本当にいいアルバムである。僕も何度となく繰り返し聞いている。入っているアーティストは、ダリの写真のようなジャケットが印象的だったラーズの名曲「There
She Gose」、酔いどれシェーン(今、何してるんだろうか)率いる最強バンド ポーグス、このバンドはもう一度どこかで再発見されるべきだなと思うファイン・ヤング・カンニバルズ、プリテンダーズの新録「Going
Back」、アイルランドの大御所ヴァン・モリソン、そしてホーンビィが鍵になる曲としたザ・フーの「Baba
O'Riley」とリサ・スタンスフィールドの「All Around The World」など。映画のためのオリジナル音楽はホーンビィの友人であり、80年代後半にバイブルというバンドを率いていたニール・マッコールとブー・ヒュワディーンが担当。特にブー・ヒュワディーンはエディー・リーダーやKD.ラングなどソングライターとしても高い評価を獲得している。何回か来日もしています。
●個人的なヴァン・モリソンの思い出話
映画もこのサウンドトラックでも印象的な曲はオープニングにかかるラーズの「There She
Gose」なんだけど、個人的に最も印象的なのはヴァン・モリソンだった。今でもアルバムが出れば、必ず購入する本当に大好きなアーティストなんだけど、彼が自分の曲をサウンドトラックに使用させるのって、結構稀なことだったはず。人生にロックは欠かせないというヴィム・ヴェンダースが自分の映画ののために曲を書いてくれと頼んだけど「そんなこと出来るか(と言ったかは知らないが)」と断ったアーティストでもあるからね。さすが、同じアイルランドの誇りでもボノとは違う。気骨がある(というか、偏屈?)。飛行機が嫌いで、日本も嫌いという噂のあるヴァン・モリソンだから、日本でのライブはほとんど不可能(でもジョアン・ジルベルトの例もあるしね)なんだけど、僕は1度だけ見たことがある。死ぬまでに1度は生で体験したいライブというのは音楽好きだからいくつもあって、実際に体験するとどれも気持ちだけで胸が一杯、わけも分からず感動してしまうんだけど、ヴァン・モリソンも例外ではなかった。明日、30歳になるという日、20代最後の1日に夢にまで見たヴァン・モリソンなのだから尚更だった。正直「これはある種の運命だな」と勝手に思い込んだ。場所はNY、確かイースト・リヴァーに浮かぶ島で開催された“アイルランド・フェスティバル”的な音楽ライブ。まだ、今みたいにブレイクする前のレイドバックしたR&Rだったウィルコ、10000マニアックスを解散し、ソロになったナタリー・マーチャント、テントで歌うリチャード・トンプソンやスザンヌ・ヴェガなどを堪能しながら、ビールを飲み見続けたライブの大トリがヴァン・モリソン。登場した姿は、白いスーツに、白いハット、サングラスの小太りなペンギンマンみたいだったけど、一声でノックアウト。ジョージ・フェーム、ピー・ウィー・エリスという最高のバックを率いたヴァンのライブは正に“ヴァン・ザ・マン”ともいうべきソウル・ショーのスタイル。アンコールも「もっとヴァンが聞きたいか」、「イエー!ワン・モア」の掛け声だからね。最高でした。会場にたくさんいたアイルランド系の人たちにとってもやはりヴァンは別格だったみたい。アイルランドに住んでいたという友人に聞いた話だが、かの地ではやはり別格も別格らしいですね。あの曲も歌ってくれたという王道のような一生忘れることのないライブだったんだけど、終わった後に思ったことは、もっと見たい、もっと聞きたいだった。