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むらきむら さんプロフィール
映画が好き、映画より本が好き、本より音楽が好き。

高校、大学時代に大好きだったルースターズのボックス・セットに驚いている今日この頃。こんなの買えません。でも欲しいです(全部アナログの世代ですから)。

04/10/22最近良く聞いていたサウンドトラック5枚
「アメリカン・スプレンダー」
「あの頃ペニー・レインと」
「アマンドラ!」
「ユー・アー・ホワット・ユー・イート」
・フランソワ・ド・ルーベの曲を集めたオムニバスCD


■過去記事一覧


写真01
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「OFF BEAT JAZZ チラシ1」

写真02
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「OFF BEAT JAZZ チラシ2


写真03
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「死刑台のエレベーター
 ジャケット 」

写真04
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「危険な関係 ジャケット」

●ジャズは映画には欠かせない音楽だけど・・・・

 フジロック、ライジングサン、サマーソニックなど大規模なロック・フェスティヴァルはここ数年で完全に定着したように思える。僕自身はこういった大規模フェスに足を運んでいるわけではないのだが、ロックというのはここまで当たり前のものになったんだよなという感慨だけはある。これ以前の状況を知っているからだ(僕以前を知っている人にとっては尚更だろう)。もちろん、映画音楽にも当たり前のようにロックやヒップホップなどが使われ始めている。そんな作品のサウンドトラックは統一感、オリジナルな内容を持っているものから単なるオムニバスじゃないか感じさせるものまで様々なものがある。映画音楽が映画音楽として独立していた時代があったことを考えると裾野は広がったし、こういったサウンドトラックを契機として自分の音楽の幅が広がることも今では当然だ。そんなサウンドトラックや映画を通して、ジャズという音楽に出会った人も多いのではないだろうか。ジャズは今では映画音楽の定番となっている。そのほとんどはスタンダード・ナンバーと呼ばれる(でも、興味のある人しか知らない)曲たちである。こういったジャズの使い方はムードを盛り上げたり、おしゃれな気分を演出したりという感じで、正直、ロックのような勢いは感じさない。それはジャズという音楽が、世間的には終っちゃった音楽だからだ。そんなジャズだが、数々の名作ともいえるサウンドトラックを生み出している。でも、ひとつ不思議なことがある。アメリカという国を代表する音楽であるはずのジャズなのに、ジャズが全盛期であった時代1940年代から1950年代にかけて、映画音楽として絶賛されるジャズを生み出したのはアメリカ映画ではなかったのだ。

●フランスから生まれたアメリカの黒人たちによるジャズ・サントラの名盤

 その頃のジャズと映画が結びついた代表的な作品はルイ・マル監督による『死刑台のエレベーター』(1957)だろう。ジャズといえば、この人の名前が真っ先に浮かぶであろうマイルス・デイヴィスが作品を観ながら吹き込んだとされる音楽と映像が一体になったスリリングな名作である。サウンドトラックもCD時代になって、完全版という名目で改めて発売され、多くのファンを狂喜させた。ジャンヌ・モロー、ジェラール・フィリップ主演、ロジェ・ヴァディム監督による『危険な関係』(1959)はアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ、バルネ・ウィランが音楽を担当し、映画にも出演している。デューク・ジョーダンのペンによるテーマ曲は1980年代にミュート・ビートもゴーゴー風にカバーしたほどのかっこよさだ。同じくアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズが音楽を担当したロベール・オッセン主演の『殺られる』(1959)、ロジェ・ヴァディム監督による『大運河(グランカナル)』(1956)ではMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)が音楽を担当している。これらのサウンドトラックは名盤に位置づけられている。しかし、これらはみんなフランス映画である。その頃のアメリカではオットー・プレミンジャー監督による『或る殺人』(1959)のデューク・エリントンくらいしか思いつかないのだが・・・・・。

●なんで当時のアメリカ映画にはジャズのサントラの名作が少ないのだろう

 なぜ、こんなことになったのだろうか。当時のハリウッドというシステムの中で役割分担がきちんとしていたことも理由のひとつだろう。でも、それ以上に大きな理由がある。当時のアメリカに根付いていた人種差別という問題である。一流のジャズ・ミュージシャンであろうが黒人であるならば、逃げることができない問題である。僕自身の曖昧な記憶によるのだが、吉田ルイ子の『ハーレムの熱い日々』という本(名著!)の中に世界的なジャズ・ミュージシャン ウェイン・ショーターの話が出てくる。彼が暮らすハーレムに訪ねたときのエピソードなのだが、彼の暮らしは世界的なミュージシャンであるにもかかわらずつつましいのだ。その理由を彼は「アメリカでは食えない。だから世界中を回る」と話していたような気がする。これは公民権運動真っ盛りの“ブラック・イズ。ビューティフル”の60年代後半くらいの話だ。だから、この50年代から60年代にかけて、ミュージシャンはもちろん、多くの作家やアーティストがアメリカを抜け出し、ヨーロッパで暮らしている(そして、そこで多くが亡くなっている)。彼らはそこにいる限りは外見ではなく、きちんと作品とその存在に敬意を払われたわけだ(この夏の終わりに公開された南アフリカの音楽ドキュメント『アマンドラ!』では南アフリカのミュージシャンたちは政治的な理由で自分の国を出ざる得なかったと語っていたな)。

 もちろん、60年代後半以降の“ブラック・イズ・ビューティフル”を経て、クインシー・ジョーンズが音楽を担当した『夜の大捜査線』(1967)、トロンボーン吹きのJ・J ジョンソンが音楽を担当した(でも、印象的なのはボビー・ウーマックのテーマ曲なんだよね)『110番街交差点』(1972)や俗に“ブラック・エクスプロイテッド・ムービー”と呼ばれる黒人映画が70年代になると隆盛してくる。この頃になると時代はジャズからソウル・ファンクへと変わっている(ジャズもその流れに乗る)。『シャフト』のアイザック・ヘイズ、ジェームス・ブラウンなどが音楽を担当するようになっていた。そしてジャズはスタンダード・ナンバーを中心に当たり前のようにハリウッド映画に取り込まれていく。今ではちょっと小粋な映画にはジャズ、スタンダードナンバーが流れるのは当たり前のようになっている。

●日本でのジャズ・シーンと映画の関係

 日本でも第二次世界大戦後に一大ジャズブームが起こっている。亡くなってしまったジョージ川口、中村八大、松本英彦らによる“ビッグ4”と呼ばれたグループは今のアイドル並みの人気を誇っていたし、原信夫とシャープス&フラッツは当時の歌謡曲のバックバンドとしても引っ張りだこの超売れっ子であった。実際、こういったミュージシャンが当時の歌謡曲との架け橋になり、新しい曲を生み出していったのだった。その代表的な曲が美空ひばりが歌った『真っ赤な太陽』であり、中村八大が永六輔とのコンビで生み出してきた曲の数々である。その後、60年代後半から70年代初めにかけて、当時の世相と合致するように、若者を中心にジャズが最先端の音楽になる。当時のこのシーンをリードしたのが、渡辺貞夫、山下洋輔、日野皓正、菊地雅章、佐藤允彦らだった。特に日野皓正は当時の若者のファッションリーダーでもあったのだ。学生運動など混沌とした時代背景がジャズ(当時はフリーフォームなスタイルのジャズとエレクトリック化されたジャズが主流となっていた。ジャズも幅を広げていたのだ)という音楽に共鳴したのかは分からないが、そういう時代があったからこそ受け入れられた音楽であることは確かだろう。そんな当時の匂いを放つジャズを閉じ込めた作品が、ラピュタ阿佐ヶ谷で連続公開されている。あの当時、多くのジャズをバックにした青春小説を書いていた河野典生原作の『黒い太陽』(マックス・ローチが冒頭で演奏!)、日野皓正が音楽を担当した『白昼の襲撃』、加山雄三、田宮二郎主演、佐藤允彦が音楽を担当した『豹は走った』、山下洋輔が音楽を担当した若松孝二監督の『天使の恍惚』と大和屋竺監督の『荒野のダッチワイフ』の2作など合計8本の60年代から70年代の初めに製作された作品だ。どの作品も劇場で観ることはもちろん、ビデオ屋でもなかなかお目にかかることが出来ない作品である。

●阿佐ヶ谷のジャズフェスにあわせて企画されているラピュタ阿佐ヶ谷のジャズシネ特集

 これらの作品は、今年も10月29日と30日開催される“阿佐ヶ谷ジャズストリート”というジャズ・フェスティヴァルに連動した企画上映である。街中でもジャズが鳴り響くというこのフェスティヴァルに「阿佐ヶ谷は七夕だけではないぜ!」という思いが込められているのかどうかは知らないが、このフェスティヴァルに連動し、ラピュタ阿佐ヶ谷では一昨年は『真夏の夜のジャズ』や『ブルーノート・ストーリー』、昨年は岡本喜八と山下洋輔の関係にスポットを当てた作品を上映してきた。今回は「OFF BEAT JAZZ」と題し“ジャズを巧みに取り入れ、音楽面からのアプローチも非常に印象に残る作品”をセレクトしているという。僕も観たことがない作品ばかりなのだが、ここで上映される鈴木清順監督の大傑作『殺しの烙印』は映像と音楽がマッチしていた記憶がある。音楽は山本直純だったのか。

 実は、早い段階でお知らせできればいいなと考えていたこのラピュタ阿佐ヶ谷での特集上映「OFF BEAT JAZZ」はこのコラムがUPされるであろう頃には、三保敬太郎(「11PM」のテーマを作った方)と前田憲男(すごいピアニストなんだけどアレンジャーとしての方が有名。「ミュージックフェア」とかね)が音楽を担当した鈴木清順監督の『すべてが狂ってる』(10月23日から10月29日まで)と山下洋輔が音楽を担当した大和屋竺監督の『荒野のダッチワイフ』(10月30日から11月5日まで)の2作を残すのみとなっている(これはこの文章を書き上げなかった僕の怠慢さのためなんだけど)。どんな作品が上映されたのかなどはオフィシャルサイト( http://www.laputa-jp.com/laputa/program/jazz04/ )にアクセスして欲しい。ちなみにこれら作品のサウンドトラックはほとんど発売すらされていないし、発売されていたとしても入手困難だ。『荒野のダッチワイフ』は山下洋輔トリオの初のスタジオ録音盤である『ミナのセカンド・テーマ』にそこに使用された楽曲自体は入っているのだけれども、熱さに満ちた演奏と共に僕が印象に残っているのは、山下洋輔自身が書いているクールなライナーノーツだ。演奏はもちろん、このライナーノーツに20代はじめの僕は納得し、ちょっと“ガツン”とやられてしまったのだ。とにかく『荒野のダッチワイフ』には足を運ばなければと思っている。

 ラピュタ阿佐ヶ谷では、来年以降の“阿佐ヶ谷ジャズストリート”に合わせて、こういった企画を続けてくれるはずだ。次はどんな作品を出してくるのかを楽しみに待っていたいと思う。俗に“ジャズ・シネ”と呼ばれる作品は山のようにあるみたいですから。でも、せっかくだからラピュタ阿佐ヶ谷らしく、邦画で頼みます!

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