- 私たちは若者たちは変わっていける力があると信じている-
11月1日都内某所でカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した作品『ある子供』のジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督(ダルデンヌ兄弟監督)の来日記者会見が行われた。作品ごとに来日しているダルデンヌ兄弟監督は、日本へ来る理由を「日本は西洋と違うが同じところもあるので毎回楽しみにしている」(兄のジャン=ピエール)と語ってくれた。前作の『息子のまなざし』の来日の際には識者とのディベート形式の論議も行い、深く、丁寧な発言をしていたのだが(時間が足りなかったのが残念だった)、今回の記者会見でも彼らが作り上げる作品と同様のその姿勢に変わりはなかった。
当日の記者会見の内容は以下の通り(質問内容、回答などは読みやすくなるように手を加えています)。
Q:監督の作品のストーリーはどのようにできあがるのでしょうか。また、なぜ若者を撮り続けるのでしょうか。
リュック(弟:以下L):私たちは若者に興味があるのです。今の社会は若者をないがしろにし、変化を恐れ、大人達は彼らの模範になろうとしていません。しかし、私たちは若者たちは変わっていける力を持っていると信じているのです。
ジャン=ピエール(兄:以下JP):ストーリーに関してですが、ラストシーンは始めから決まっていました。ただ、作品を撮っている間、別のラストシーンもあるのではないかとも考え始めていました。しかし、最終的には最初の考えから離れることはありませんでした。
Q:この作品のテーマは普遍的で、日本の若者にも通じるものがあると思います。監督たちは日本と西洋との共通点と違いについてどのように感じていますか。
JP:日本のことはあまり知りませんが、その印象はヨーロッパの都市とほとんど同じです。ただ、ヨーロッパの都市よりスピードが早く、バイタリティがあるとも感じます。そして、この両者に共通して感じることは“巨大な消費というプール”に浸っているということです。
私たちの日本のイメージは映画から来ています。溝口健二、黒澤明、大島渚の『青春残酷物語』は印象深い映画です。
Q:作品はどのように着想したのでしょうか。
JP:街で乳母車を乱暴に押す女の子を何度も見かけました。そこから若い女の子が乳母車を押しながら父になる男を探すというストーリーを思いついたのですが、なぜか私たちは父親になる人物を見つけ、その父親のストーリーを作ってしましまいました。
ソニアのブリュノに対する愛は本当のものですが、その十分な愛が父親になれないブリュノを変えられるだろうか、と考えた時にそれはないだろうと思い、ブリュノと一緒に盗みを働くスティーブのエピソードを加えました。そのことによって、ブリュノはソニアの愛を取り戻し、子供に対して心を開いていく可能性、父親になる可能性が生まれると思ったのです。そういった部分からも、この作品はラブストーリーであると同時に、非常に難しい父親の父性の物語だと思います。
JP:『ある子供』は『イゴールの約束』に近いかもしれませんね。『ロゼッタ』や『息子のまなざし』との違いをひとつ挙げるとすれば、これらの3作品は異なる世代の物語であり、他者との関係で江描かれている物語ですが、『ある子供』はブリュノとソニアという同年代ふたりが主人公の人間関係の物語で、縦の関係の物語ではありません。もうひとつ違いがあるとすれば、『ある子供』ではカメラは傍観者となっていますが、『ロゼッタ』、『息子のまなざし』は主人公の視点になっています。私たちは水槽の中の魚ですので、これを水槽の外側から見たらまた違うものが見えるでしょう。
Q:兄弟、ふたりで監督をやることのメリット、デメリットはありますか?
L:ひとりの監督として働いたことがないので比較ができません。ふたりで議論をしますが、片方が黒、もう片方が白と言えば、その中間をとり灰色を作るなどということはしませんし、そんな話も出ません。お互いに同じ映画を撮りたいと思っている関係が30年以上続いているのです。性格なのか、家族なのか、歴史なのかは分かりませんが、フロイトは「アーティストは精神分析を受けると仕事が出来ない」と言っていましたので、何故ふたりなのか、ということは考えない方がいいでしょう。闇の中に閉じ込めておきましょう。
Q:主人公はどのように決めたのでしょうか?
L:最初からジェレミー・レニエを主人公に考えていたわけではありません。物語の中にスティーブのおならで笑うシーンがあるのですが、その時にジェレミーの笑い顔を思い出したのです。『イゴールの約束』の彼は14歳でしたが、、そのときの彼の笑い方が非常に子供らしかったんですね。そこで今もそういう風に笑うのだろうかと思い彼に会いにいきました。彼はもう23歳になっていたのですが、笑い方は同じでした。そこで彼をブリュノの役に抜擢しました。彼と再び仕事をすることは本当にいい体験になりました。
JP:ソニア役は新聞やラジオで16−18歳の女の子の募集をかけました。そうしたら写真入の応募が650通もきたのです。その中から200名を選び出し、その後も演技のテストなど慎重な選考を重ねて、最終的にふたりに絞りました。そこから選んだのがデボラ・フランソワです。
ソニア役は子供を産んだ体型、犠牲者のような容姿、ブリュノに似た雰囲気を持っていなければならず、そこから子供のような女の子というのが決定的な条件になりました。デボラ・フランソワはそれを満たしていました。彼女はカメラにも愛され、ジェレミーと組み合わせもよかったですね。
Q:監督はなぜ、貧しい子や労働者を主人公にするですか。
L:その人たちを撮ろうと決めたことはないのですが、社会の余白に生きる人を見れば、その社会全体が見えてきます。私たちの育った街(SELAN)は鉄鋼業の街でした。豊かな富める街だったのですが、それが大きく変わり、この作品の主人公のブリュノやソニアのような若者達が出てきました。一日中ブラブラしている人、麻薬中毒の人、ディーラー、失業者が増え、手当てがもらえなくなり、家族も崩壊していっています。そうした中、私たちは子供たちに興味を持ちました。私たちは彼らが好きなのですが、社会はそうではありません。社会は彼らを見せたくない、思い出したくないものとしてと無視をしています。フランスでは“あの人たちを招待するとパーティーがダメになる”という言い回しがよく使われますが、私はダメにする人たちの方が好きなのです。
Q:この作品『ある子供』が日本の観客に感銘を与える理由はどこにあると思いますか。
JP:私たちはずっと自分達の街を撮ってきました。登場人物もこの街で生まれ育ち、物語もこの街に根ざしたものです。でも、その物語は人間そのものであり、普遍的なものであって欲しいと私たちは願っています。そういった普遍的な部分があるから日本の人々は私たちの作品に出会い、感銘を受けるのだと思います。
映画『ある子供』は12月10日より恵比寿ガーデンシネマほかにてロードショーです。
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